ウェブをもっとオープンに—Open Web Platformを知った(HTML5 Conferenceリポート)
こんにちは、池田です。
当日html5j電子出版部として登壇した松島、前回レポート記事を書いた久保田同様、わたしものHTML5 Conferenceに参加して来ました。
聴いた講演の中でRobin Berjonさんの「HTML Next Is You」というセッションがおもしろかったので、英語のセッションで全てを理解できたわけではありませんでしたが感想を書いてみたいと思います。
このセッションで取り上げられたのは、Open Web Platformという概念でした。
これは、HTMLやCSSといった業界標準を策定するプロセスを見直し、ウェブをもっとオープンにしていこうという概念、運動です。
Open Web Platform
現在、ウェブは既にオープンです。誰でもコンテンツを公開することができ、それを見ることができます。コンテンツを作るための技術—HTML、CSS、JavaScrpit、ウェブサーバー......—もどれもオープンで、使用するためにお金を払ったりライセンス契約を結んだりする必要はありません。ウェブへのアクセスその物はオープンでないこともありますが、日本では現在のところオープンです(そのように見えます)。
一方で、そういった技術のための標準の策定はどうでしょうか。昨年十月に勧告となったHTMLの第五版は、そこに至るまでにおよそ十年もの歳月を費やしました。HTMLに限らず、多くの標準が策定に長い期間を要しています。
もちろん、その十年が無駄だというわけではありません。様々なベンダーや開発者が共通の規格に従うことは、分野の発展にとても有用なことです。ブラッシュアップしていったり、HTMLのように前の版からの後方互換性を検討するための時間というのはやはり必要なものです。
しかし、その策定プロセスには見直せることが多いのではないか、アプリケーションキャッシュのように、長いプロセスを経るうちに複雑化し、誰も使わないような仕様が生まれてしまうことを避けられるのではないかということから、標準についても開発者など多くの人がその策定に関与しやすくしようという考え方、運動がOpen Web Platformです(と、わたしは受け取りました)。
標準化への貢献
とは言え、そう謳うだけでは世の中を動かすには力不足です。セッションでは、開発者が標準の策定に参加できる具体的な方法や、そのために役立つ考え方も紹介されました。
Test the Web Forward
まずできることはテストを書く(テスト項目を追加する)ことです。現在W3Cでは様々なテストを集めてTest the Web Forwardで公開しています。わたしたちは、ここへテストを追加したり、それを使ってブラウザーをテストすることで貢献することができます。
このセッションを聞きながらわたしは、個人的に関心のある領域、電子書籍にこの考え方は応用できるだろうかと考えていました。例えばこのTest the Web Forwardの考え方はどうでしょうか。EPUBを構成する要素は、HTMLやCSSなど、ウェブと共通の物が多いのですが、しかし領域の違う物もあります。EPUB仕様を構成する一つMedia Overlaysでは、文字による文書と、それを読み上げる音声の同期を定義しています。こういった仕様に対して文書と「正しい」読み上げ結果の音声ファイルを提供し、それを電子書籍リーダーの読み上げ結果と比べられるようにすることで、Test the Web Forwardの考え方で開発者側からEPUBの仕様に貢献することができそうです。特にこの分野は、電子書籍リーダーを制作する側とコンテンツを作成する側の間に広い溝があるように個人的には感じているので、こういった間を埋める行動は価値があるものだと思います。
新しい標準を考える際も、実際に動作するテストがあると、より具体的な議論ができるようになるでしょう。例えばEPUBファイルの差分アップデートを標準化したいと仕様を考えたとして、その際にもアップデート前のファイル、パッチデータ、アップデート後のファイルを提供してオープンにすることで、アップデート処理のプロトコル、プロセスが自分以外の人によるプログラムでも正しく実装されているかをテストすることができます。
Extensible Web
Test the Web Forwardの次はExtensible Webでした。Extensible Webについては、前のセッション「Web: Reboot」で(松島のセッションを聴いていたためわたしは聴けませんでしたが)詳しく述べられたということで簡単な紹介に留まり、ウェブ上では日本語の記事も多いのでここでも割愛します。
やはり電子書籍で考えてみましょう。日本語のEPUBについて度々話題になる事柄に、縦中横のレンダリングがあります。縦書の文書中で数字を書く際に、何桁までは縦中横になり、何桁からはなるべきではないか、行間は調整するべきか否か、調整するとして範囲はその行のみか全体に及ぶのかなど、立場によって考えが異なり、議論が収束しないために標準化がスムースに進まない現状があります。Extensible Webの考え方に倣うと、どのようにも対応できるよう、粒度の小さい仕様をHTMLとCSSに策定し、本を作成する際に作者や制作会社がそれぞれのポリシーに則ってレンダリング指定をすることを 可能 にするとよい、ということになります。そもそも作者ごとに縦中横のポリシーが異なることがいいか悪いか、という問題はありますが、それは粒度の小さい仕様の上で、どう応用・運用していく べき かという、別の話にしたほうがいいように思います。
Constituencies
三つ目はconstituenciesを考えるということです。W3Cのサイトにある「HTMLデザイン原則」の以下の文を引用していました。
consider users over authors over implementors over specifiers over theoretical purity
当たり前と言えば当たり前ですが、自分のことに集中すると忘れがちになってしまいますね(これが「HTMLデザイン原則」という文脈で触れられていることに個人的に驚きました)。
これも電子書籍に当てはめてみると、
読者 > 作者 > 制作会社 > 出版社 > 取次 > 仕様策定者
となりそうです。(一例です。取次の場所や要不要なんかは議論の余地が大きいでしょう。)
EPUBや電子出版に関する仕組みを考える際に、読者にフォーカスするべきか作者にフォーカスするべきか悩むことも多いと思いますが、この考え方に従うと、一般的には(あくまで一般的には)読者ということになるでしょう。わたしも常々、縦書で読むか横書きで読むかなど、最終的には読者が電子書籍リーダーで表示方法をコントロールできるべきだと感じてきたので、個人的には賛成です。
自分で仕様を作る・議論する
以上、標準化への貢献についてでしたが、この後にはもっと積極的に標準化に働き掛けていく方法が示されました。
一つは、自分で考えた仕様や関心のある仕様について議論できるdiscource.specification.org、もう一つは、そうした仕様を公開できるThe Web Platformです。これまで紹介された方法や考え方を元に、具体的な仕様という形でオープンに議論・公開できる場所が既に用意されているので、何かアイディアや要望、疑問のある方は覗いてみるとおもしろいと思います。
わたしはこのカンファレンスで初めてOpen Web Platformという考え方を知り、非常に刺激を受けました。また、こういった内容をまさに標準化団体であるW3Cの方が話すということが、励みになります。これまで「この仕様はなぜこうなっているんだろう、もっとこうなっていれば使いやすいのに」と考えたことのある開発者やマークアップ担当者の方は、以下にセッションの動画もありますので、ご覧になってみてはどうでしょうか。